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【第21回】
地域活性学会理事・関西支部長 橋本 行史
(関西大学政策創造学部・ガバナンス研究科教授)
 

【第21回】リレーエッセイ
「まちの再生と建物−茶屋町・鶴野町−」
 地域活性学会理事・関西支部長 橋本 行史
 (関西大学政策創造学部・ガバナンス研究科教授)

新しい風を入れて古いまちを変えていく方法は二つあると言われている。 一つは、建物の新改装を行ってそれを起爆剤にして周囲に効果を及ぼして いく方法であり、もう一つは、まち全体のデザインを決めて建物を造り直 す方法である。レトロなまち並み形成は前者が中心で、行政が関与する再 開発は後者の例であろう。一方建築には、建物自身が時代のニーズに合わ せて自己変革して建物を長持ちさせるという考え方があるそうだ。手前勝 手な例を持ち出して恐縮であるが、今回はまちの再生と建物に関わる話を させていただきたい。

北海道夕張市には古い旧炭鉱住宅が空き家となったまま今も沢山残されて いる。夕張独特の景観を作っていたすり鉢状になった山肌に階段状に並ぶ 木造長屋は既に取り壊されて跡形もないが、平地に建てられた無機質な鉄 筋コンクリート造りの建物は手付かずに残され、まちの再生を難しくして いる。放置されている理由は廃棄コストにあるが、転用しようにも用途が 見つからないことも大きい。

場所は変わるが、大阪市の北梅田地区に関西の主要大学のサテライトキャ ンパスが集結し、新たな知の拠点となりつつある。既にJR大阪駅前の再開 発ビルに社会人院生を対象とした複数の大学院がテナントとして入ってい たが、その後、梅田北ヤードにナレッジキャピタルが完成して新たな大学 施設が入居した。今度は阪急梅田駅東側の茶屋町・鶴野町周辺に大学の施 設が集まり始めた。昨年10月28日の地域活性学会関西支部の研究会会場と なった関西大学梅田キャンパスも、昨年10月1日に旧天六学舎の代替えとし て鶴野町の新ビルに移転してきたばかりだ。

梅田キャンパスが入居したビル敷地には、最近まで「メタボ阪急」という 珍しい名前を持ったビルが建てられてた。「メタボ」とは一般に肥満を指 しているので、はちきれないばかりのボリュームを持ったビルを想像させ るが、実際は小さな中層ビルだった。この建物は、黒川紀章氏らによって 1960年〜70年代に提唱されたメタボリズム(metabolism)の建築思想に基 づいて設計されていた。メタボリズムとは新陳代謝のことで、新陳代謝を 繰り返すことによって建物に永遠の生命を与え、近代建築の限界を超える ことを意味していたと言われる。本エッセイの冒頭に挙げた建築思想のこ とである。

当時のことに詳しい方から、木の幹に沿って枝が生え、枝先に木の実をモ チーフとする部屋をくっつけるという考え方だったと分かりやすく教えて いただいた。残念ながら本家の「中銀カプセルタワービル」と異なり、 「メタボ阪急」の各部屋は建物に融合して取替可能な構造(カプセル交換、 ユニット交換)となっていなかったものの、一風変わった外観をしており、 螺旋階段をのぼった2階に人気のステーキハウス「ビフテキ北野」が入り、 その上は単身者用の賃貸マンションとなっていて、主に事務所として使わ れていたという。

せっかく新陳代謝の思想が吹き込まれた建物であったが、古くなっても、 自己増殖は叶わず、運命も尽きて、新しいビルに建て替えられてしまった という訳である。

建物は壊されてしまったけれど、周辺は再開発が急速に進んで全容を一新 している。MBS毎日放送、梅田芸術劇場・アプローズタワー、NU茶屋町、 NU茶屋町プラス、梅田ロフトなどの文化施設や商業施設が相次いで誕生し たほか、流行の最先端を行く若者向けのショップも多い。また地区内には 専門学校が多く、加えて関西大学梅田キャンパスが完成し、続いて大阪工 業大学が22階建てのビルを造って移転してきた。

長らく戦後の貸家や商業ビルが混在していた茶屋町・鶴野町が、若者の文 化や情報の発信基地として生まれ変わりつつある。まちの再生方法に決ま りはないが、少しばかり誇張した表現が許されるならば、ここでは、建物 が持っていた新陳代謝の思想が地域全体に受け継がれたということもできる。

橋本 行史(はしもと・こうし)
関西大学政策創造学部・ガバナンス研究科教授
地域活性学会理事・関西支部長
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第20回】
地域活性学会理事 坪井 明彦(高崎経済大学教授) 

【第20回】リレーエッセイ
「進学・就職と地域活性」
 地域活性学会理事 坪井 明彦(高崎経済大学教授)

地方創生が唱えられるのは、現在、地方の人口が減少し、衰退している からにほかなりません。なぜ、地方の人口が減少しているかというと、 出生率の低下もありますが、地方から都市への人口移動が大きな要因です。 (それが、日本全体の人口減少を助長しています。)その人口移動の中の 大きな割合は、大学進学と就職を機会に生じています。なぜ、都市部の大 学への進学を望むのでしょうか。それは、高校生や受験生が都市部の有名 な偏差値の高い大学に進学した方が、より良い就職先に就職できると漠然 と考えているからではないでしょうか。医師や看護師、教師など将来の進 路が明確な受験生は、必ずしも東京志向は強くないように感じます。一方 で、将来の進路が明確でなく、漠然と将来は良い会社に就職したいと考え ていて、偏差値の高い人ほど、東京志向が強いように感じます。

また、私の所属する大学は地方にありますが、7割ほどが県外から進学し てきます。つまり、進学の時点では都市の大学を選んでいないのですが、 就職の時点で東京の企業に就職する学生が3〜4割に達します。彼らに その理由を聞くと、地元に良い就職先があれば地元に帰りたいけど、地元 には自分が就職したいような会社がないので、東京の会社を対象に就職活 動をするということです。

つまり、東京の大学に進学した方が、あるいは東京の会社に就職した方が、 将来的によい暮らしができる、幸せになれると漠然と考えているのだと思 います。しかし、東京での暮らしは本当に幸せにつながるのでしょうか。 幸福度調査の都道府県別ランキングは主観的な指標か、客観的な指標かで 大分違うようですが、東京での子育てのしにくさは、間違いないようです。 「企業規模が大きい会社で働く従業員ほど子どもを持ちにくい」という調 査結果もあります。本当は2〜3人子どもが欲しいのに1人しか持てない (「東京では1人しか産めない」『日経ビジネス』2015.03.09、p28-33) ということが、幸せな暮らしといえるかというと、少なくとも、この点は 非常に疑問に思います。

しかしながら、多くの学生に共通する大企業で安定した仕事をしたいとい う価値観はそう簡単には変わらないでしょう。したがって、即効性のある 政策は、大企業の本社機能(の一部)を地方に移転させることだと思いま す。コマツも、東京本社と石川地区の女性従業員の平均子供数に大きな差 があったことから、一部の本社機能を石川地区に移転したそうです (「「脱東京モデル」コマツの挑戦」『日経ビジネス』2015.03.09、p40-43)。 国や自治体もこうした政策を取り入れていますが、まだ効果は表れていな いようです。

また、長期的には、地方に魅力的な仕事を作り出し、それを学生に伝えて いくということも必要でしょう。実際、東京の大企業の中でも労働時間を 時給換算したら、たいして変わらないという話も聞きます。多くの学生は、 地方にどんな会社があるか、どんな仕事があるかを知らないまま、漠然と、 東京の方が良い会社がある、良い仕事があると考えて、東京志向を強めて います。つまり、長期的にはこの漠然とした東京志向を変えていくことが 地方の活性化のためには必要ではないでしょうか。

坪井 明彦(つぼいあきひこ)
1974年生まれ
公立大学法人高崎経済大学地域政策学部教授
本学会理事
日本地域政策学会理事(事務局長)・日本ビジネス実務学会副会長・日本経営診断学会理事
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第19回】
地域活性学会理事 関 幸子
(株式会社ローカルファースト研究所代表取締役 東洋大学客員教授)
 

【第19回】リレーエッセイ
「地方創生カレッジが開校 実践の要はやはり人材!」
 地域活性学会理事 関 幸子
(株式会社ローカルファースト研究所代表取締役 東洋大学客員教授)

昨年の12月22日に「地方創生カレッジ」が開校しました。 このカレッジは、地方創生の担い手を育成するためのインターネット ラーニングとなっています。

2014年12月に「まち・ひと・しごと創生法」が成立してから早く も2年がたち、この間、国では、平成27年度は2700億円、28年度 は1080億円とハード900億円、合計1980億円の地方創生交付金 を用意するとともに、各統計をまとめたRESASの提供、シティマネジャー の人的な派遣を行うなどの推進支援体制をとっています。全国の自治体では、 27年度中に人口減少と雇用戦略のシナリオとなる「地方版総合戦略」が 策定されてきました。28年4月からは、各自治体では、総合戦略に基づき 具体的事業に着手していますが、ここで大きな問題が浮上しています。

総合戦略のほとんどは、大都市圏のシンクタンク等に委託して書き上げて きたが、こと実践となると、地域に事業主体となる「人と企業」がいないと いう点です。新規事業も多く、ノウハウや経験がないということが地域では 頻繁に起きています。

この問題を解決する手段として、私が推薦するのは次の二つの手法です。 一つには、若手の企業経営者をシティマネジャーとして派遣することです。 長崎県西海市に、27歳のベンチャー企業の社長を派遣しましたが、若いこと で、地元の若者を巻き込むことが可能です。同時に、企業経営者は、0を1 にすることができるので、分野が異なって新規事業への不安もなく、むしろ 挑戦が楽しいという気持ちとなっています。その際に給与と権限をしっかり 持たせることが重要です。

二つ目の手法は、新たに地域でまちづくり会社を設立して、その会社が 都心及び地元地域からの資本金を集め、同時に国の交付金を上手く活用して 事業を行う体制を作り上げることです。千葉県一宮町の活鼡{リアライズが その事例で、民間も身銭を切り、投資してまちづくりを担おうとしています。 今後自治体は、都心の会社に丸投げ委託をすると、ノウハウも雇用も、お金 もまた地域から逃げて行ってしまうことに早くに気付くことが重要です。同時 に地方創生では、自治体が主体となるのではなく、経営の視点をもって、地域 にお金を投資して、雇用と市場を地元に作り上げることの重要性を認識する ことです。

それを学べるのが「地方創生カレッジ」です。私は東洋大学で「リーダー論」 の講座を行っていますので、ぜひ受講くださいね。3月までは無料講座となっ ています。

【参考ホームページ】
地方創生カレッジ
 http://chihousousei-college.jp/
関 幸子 地域リーダー講座
 https://lms.gacco.org/courses/course-v1:gacco+cc008+2016_12/about
 http://chihousousei-college.jp/e-learning/expert/synthesis/industrialization/5952
西海市シティマネジャー
 http://localnews.tencho.cc/e167568.html

関 幸子
株式会社ローカルファースト研究所 代表取締役 東洋大学客員教授
三鷹市役所、財団法人まちみらい千代田にて、30年間地方自治に携わる。 中心市街地活性化法のTMOとなる株式会社まちづくり三鷹を設立し、 SOHO CITYみたか構想を推進。日本で最初の公設公営のインキュベーション 「三鷹産業プラザ」等4つの施設を整備。また秋葉原タウンマネージメント株式会社 を設立し、都心のエリアマネージメントを実践。 2009年6月に創業し現職。まちづくり会社での地域活性化やエリアマネージメントを推進。 現在は、地方創生分野で多くの自治体のアドバーザーに就任。
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第18回】
地域活性学会理事 黒瀧 秀久
(東京農業大学生物産業学部長)
 

【第18回】リレーエッセイ
「生き生き農大マルシェと地域活性化」
 地域活性学会理事 黒瀧 秀久(東京農業大学生物産業学部長)

本年は幕末の“蝦夷共和国”を夢見た榎本武揚先生が創立して、本学は 125周年を経たが、これを記念して学園祭の収穫祭で“オホーツク農大 マルシェ”を企画した。収穫の秋は、洋の東西を問わず、お祭りが盛ん となる。今年オリンピックが開かれたリオのカーニバルは世界的に有名 であるが、訳すとヨーロッパの収穫祭が起源の“謝肉祭”である。

中世ヨーロッパでは、もともと麦作と畜産を組み合わせた三圃式農法が 中心であり、この農法では冬の間の家畜の飼料を確保することができず、 人と麦を争うことになるので必要最小限度の頭数しか生かすことができ なかった。“必要悪”である。

このため、多くの家畜は屠殺され、冬の食料の備蓄に備えたのである。 保存食としての加工技術が工夫され、ハム・ソーセージや塩蔵品の製造 が盛んになったが、その家畜に感謝するお祭りがサン・サーンスの曲で も有名な「動物の謝肉祭」である。ギリシャ神話のバッカスは葡萄酒を 飲み、秋に醸造された麦酒とハムがドイツでは“オクト・フェスタ”と して皆さんもご承知である。

わが国では村々の鎮守の祭が一般的である。大地から採れた作物を神様 に捧げる。翌年の五穀豊穣を更に祈願し、神輿に乗った神様が村々を練 り歩く行事である。それを大学で実現したのが東京農大名物収穫祭で、 世田谷キャンパスでは13万人もの来場者がある。

オホーツクキャンパスでも開学以来28回を数えるが、学生だけの祭りと して開催してきた。これを、今年から地域の農水産物を中心とした、 オホーツクの特産品販売を地域住民と学生のコラボで実現し、50店舗 近い方々に参加して頂き、学生たちの顔は生き生きと輝いていた。 そのおかげで来場者の数も1万5,100人という過去最高を更新し、北海道 道東地区では最大の学園祭であり、一層地域に根ざした農大の歴史を つくることになった。

2年後には創設30周年を迎え、さらに開道150周年を迎えることになる。 この取り組みが更なる地域活性化につながることを祈念し、この地域の 方々と共に喜びをかみしめたい。

黒瀧 秀久(くろたき・ひでひさ)
青森県生まれ。東京農業大学農業経済学科卒業。同大学院博士後期課程 修了後、同農業経済学科副手。その後1989年に生物産業学部(オホーツ クキャンパス)開設に伴い産業経営学科(現 地域産業経営学科)着任、 2014年に学部長就任。農業経済学博士。全国農学系学部長会副会長。
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第17回】
地域活性学会理事 嶋野 武志
(長崎大学産学官連携戦略本部副本部長・教授)
 

【第17回】リレーエッセイ
「長崎雑感」
 地域活性学会理事 嶋野 武志(長崎大学産学官連携戦略本部副本部長・教授)

長崎に赴任して、いつの間にか12年が経ちました。最初は2〜3年で東京に 戻るつもりで長崎大学に出向しましたが、多くの先生方のご厚意に甘えて いるうちの、あっという間の12年でした。

行政官時代は、どんなポストでも、だいたい2年で異動していました (長崎県や長崎市などの方々も、概ね同様のようです)。これからが大事、 という時に異動の内示が出て(異動発令日の1週間前)、関係する方々に 「この時期に申し訳ありません。」とお詫びすることも少なくなく、それ に比べれば、大学生活は落ち着いて課題に取り組めるということが大きな 利点です。時々、異動があればなあ、と思うこともないわけではありませ んが。

長崎に赴任した最初の夏にキャンパスでクワガタムシやカニを見つけた時 には、自然の豊かさにほっとしたことを今でも覚えています。また、離島 の多い県のせいか船に乗る機会が少なくなく、また、長崎港にある女神大橋 を始めとして、やや大げさに言えば、レインボーブリッジばりの立派な橋が 多く、天気のいい日に船や橋から見る風景はとてもきれいです。

生活について言えば、長崎は、私の出身地である石川県金沢市と人口規模や 観光が盛んな町であることなどいくつかの点で似ていることもあり、暮らし やすい町だと感じましたし、他方で、金沢では私が子供の頃に廃止された 市内電車が、今でも市民の足として使われており、懐かしい新鮮さも感じ ました。

近年、テレビではグルメ番組が大変賑やかですが、長崎は漁業の盛んな町で、 新鮮な魚を口にすることができます。ここでは、お刺身を食べる時、「刺身 醤油」というものが使われます。「お刺身は刺身醤油で食べてください。」 と勧められたので、それを使ったところ、甘い味付けの醤油でした。寒いと ころのせいか、塩味の濃いものが多い金沢で育った私は必ずしも馴染めず、 今でも「刺身醤油」ではなく、いわゆる生醤油を使っています。ただ、 やはり金沢出身の同僚の教授は、「慣れれば、刺身醤油もいけますよ。」 と言っていますが。

長崎もご多分にもれず人口減少や高齢化に悩んでいます。日本を代表する 国際クルーズ船の寄港地となっているので、最近では長崎市の人口約43万 人を超える勢いで外国人観光客をお迎えしているほか、東京−長崎線の フライトは満席ないしは満席に近い状態の便が多く、予約をとるのが容易 ではないほど人の移動が行われているにもかかわらず、所得等の経済的 理由が一つの重要な要因となって、人口、特に比較的若い層の社会的減少 が止まらないようです。現在、長崎市が検討されている第4次経済成長 戦略においても、如何に経済を活性化し、安心して生活や子育てができる 環境を整えるか、が喫緊の課題とされています。

私自身、この2年ほど、グローバル化の中で海外からの新たな感染症の脅威 に如何に備えるか、という議論に関わり、歴史的にも長崎大学が強いと 言われる感染症研究分野において日本でまだ一例しかない新たなタイプの 感染症研究施設(BSL-4施設)の設置作業に関わる仕事をしています。 その関係で地域住民の方々と接する機会が大変多いのですが、自治会長の 皆さんは、50〜60歳台は若手、70歳台で中堅、80歳台で長老格、しかも会長 後継者の確保に四苦八苦されている様子を散々拝見しました。年配の方々の お知恵やご経験が貴重なことは言うまでもないのですが、自治会長の業務は 大変多岐にわたっており、協力者や後継者が見い出せないままご苦労を重ね ておられる方々のお姿はお気の毒としか言い様がない感じです。

以上を含むいくつかの場面で、人口減少や高齢化を乗り越え、子供や孫に 素晴らしい長崎を受け継がせることに真剣に取り組まれている方々とお会い することができて、長崎の豊かな未来の可能性を実感する一方、グローバル 化時代において、日本さらには世界の中で如何に自らを位置付けるか、異な る文化や習慣、生活に馴染んだ人々に如何に自らの魅力を伝えるのかという 課題に、これまで以上に取り組むことが求められているように感じることが あります。かつて鎖国時代にあって海外への窓口という重要な役割を果たし た長崎市のみならず、我が国の黎明期より大陸との交流を担った地域、ある いは遠くヨーロッパと接点を持った地域などを多く抱える長崎県は、今一度、 自らの歴史を振り返り、様々な文化を受容して新たな価値を生み出した先人 たちに思いを馳せてみることが時にはとても大事なことではないか、と感じ ることが少なくない今日この頃です。

嶋野 武志
1962年生まれ。石川県金沢市出身。 1986年 旧通商産業省(現経済産業省)入省。旧生活産業局繊維課通商室長、 製造産業局生物化学産業課事業環境整備室長などを務めた後、2004年、長崎 大学経済学部教授(中小企業論担当)に出向し、知的財産本部教授を経て、 2011年から現職。2014年から長崎大学BSL-4施設設置検討準備室副室長を兼務。 このほか、長崎市経済活性化審議会会長、長崎県まち・ひと・しごと創生対策 懇話会委員ほか。
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第16回】
地域活性学会理事 柴田いづみ 

【第16回】リレーエッセイ
「花しょうぶ便り−学生力と市民力−」
 地域活性学会理事 柴田いづみ

小さな町家を改修して、彦根市の花しょうぶ通りに、東京と月の半分ずつ 住んでいます。この花しょうぶ通りを含め、「彦根市河原町芹町」が、 2016年5月(官報告示7月)に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。 彦根市で最初、滋賀県で4地区目、全国で112番目に記録されます。

花しょうぶ通りの再生は、1997年の「寺子屋力石」の開業に始まりますから、 来年の2月で20年になり、再生後、駄菓子屋、寺子屋、商人塾、陶芸教室、 紙甲冑教室などに使われていました。

1998年、久左の辻の空きビルに滋賀県立大学の学生達による自主サークル ACT(Action Connect with Town)がスタートし、彼らの自主運営の中、 2000年には商店街のみなさまとのコラボで「勝負市」という祭りが始まり、 今は、市内3大学の学生達と市民との実行委員会、200名の学生ボランティア によって運営・継続されています。

2007年には、寺子屋力石を民・官・産・学+こども達で、木造伝統構法の 耐震補強をしました。江戸時代の250年前から寺子屋としての記録のある 建物で、指導は構造の鈴木有先生と現代の名工である西澤政男氏。寄付と 学生力と市民力の成果となりましたが、2011年1月に出火し、奥の座敷を 焼失してしまいました。耐震壁が耐火壁になって、改修した表の座敷は 残り、その後、多くの方々のボランティア力で火事場の片付けをして、 仮とはいえ今の営業(ギャラリー・カフェ寺子屋)ができるところまで になりました。今後は後述の重要伝統的建造物群保存地区の制度を使い ながら、本格的な再興に向かいます。

2007年の彦根城築城400年祭を契機に「しまさこにゃん」「いしだみつにゃん」 「おおたににゃんぶ」の三キャラの武将達が生まれ、花しょうぶ通りの 「ひこね街の駅戦国丸」を居城としています。「ひこね街の駅」は元寺子屋、 元浴場、元郵便局を改修し、現在第四街の駅「治武少丸」まで開業しています。

私は、2003年から2013年まで文化庁の文化審議会専門委員(文化財分科会: 国宝・重要文化財・重要伝統的建造物群保存地区の選定)をしていました。 多くの地域資産が残る彦根に、重伝建地区がないのはおかしいと思っていま したので、やっと最初の地区が選定されて、とても嬉しく思っています。

2016年11月20日(日)に重伝建選定記念行事をいたしました。 「まち歩き」では、寺子屋力石で集合、国指定登録有形文化財の旧石橋家 住宅を見てから、鳥羽や旅館へ。鳥羽やは、江戸、大正、昭和の建物で、 奥座敷で「選定記念シンポジウム」を開催し、夜は、選定地区内の家々の 格子戸の中にアートを飾る「格子戸アート展」と蝋燭を入れた竹灯りで、 来場者を歓迎いたしました。

重伝建選定に至る過程では、都市計画道路の廃止の為に時間がかかり、 持ち主の方々も高齢な為、せっかくの気運がなくなるのではと心配した 時期もありましたが、選定された今はほっとしています。

やっとスタート時点に立ち、建物のみではなく道路や街灯、交通問題の 解決と、学生力と市民力、みなさまの知恵を集めて、より安全で、歴史を 継続できる街並みを創りだし、未来に継承していきたいと思います。

柴田いづみ
フランス政府公認建築家(DPLG)、一級建築士
地域活性学会理事
結のまちづくり研究所代表
滋賀県立大学名誉教授
河原町芹町美しいまちづくり委員会顧問
SKM設計計画事務所共同代表
滋賀県文化財保護委員会
元文化庁文化審議会専門委員(文化財文化科会)
元内閣府中央防災会議委員
元建築学会理事
主作品:フランス大使館職員用集合住宅、福岡県行橋連続立体高架駅、及び駅周辺計画、福島県矢吹駅、及び駅周辺計画等
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第15回】
地域活性学会理事 櫻井 常矢 

【第15回】リレーエッセイ
「市民協働によるまちづくり・・・その先にあるもの」
 地域活性学会理事 櫻井 常矢

市民協働によるまちづくりが各地で高まりを見せている。小学校区等を 範域とした地域自治組織を行政のパートナーに位置づけた課題解決型の まちづくり。それが共通に見られるスタイルである。しかし行政の内部は、 こうした市民協働を力強く推し進めるものとは必ずしも言えない状況にある。

平成大合併以降、強力な行財政改革を進めてきた自治体は多く存在する。 結果として財政調整基金の積み上げは実現できたものの、職員数削減の一方 で事務量の見直しが進まない中にあって、職員の疲弊感や士気の低下が増 している現実がある。分権改革は自治体の財政効率を高めてきたと言われる が、この「改革」は自治体職員一人ひとりの働き方や能力をどのように変え たのか。効率的な行財政運営と職員の能力が高まることとは必ずしもイコー ルとは言えない。

各地で政策助言をさせていただく者としての主観ではあるが、一言で ‘創造する力’の落ち込みを実感している。この間の行財政改革は、 財源の縮小、職員数の減員など、いわば効率化という名の「削減」であり、 むしろその変化に耐えることを職員たちは強いられてきた。削られる訓練、 小さくなる訓練、我慢する訓練は受けていても、事業活動を創り出す・創造 する経験が極端に少なくなっている。行政職員は今後何を目標として頑張る のか。行政の役割とは何であるのか。今、立ち止まって考えるときが来ている。

これに関連して、市民協働を単に行政経費の削減策として位置づける自治体が 多いことが気になっている。事業委託や指定管理者制度等によって、アウト ソーシングすることが協働であるとの誤解である。例えば、図書館等の公共 施設の指定管理を民間事業者に委ねる場合、過去に管理運営経験のあった職員 の退職も含め、徐々に施設運営に関わる行政(職員)のノウハウは減退する。 民間運営後の行政の役割を、その業務評価と位置づけるものの、一定期間を 経過すると評価の視点さえ失い、挙句の果てに評価そのものをアウトソーシ ングするという始末である。

ここに現れるのは、市民協働の名のもとに行政能力の低下が促進されるという 矛盾である。地域・市民とともに、行政も何らかの役割を果たして初めて協働 関係と言えるはずである。そして今求められるべきは、この能力低下を食い止 めることよりも、行政の役割(仕事)を見直したり、新たに発見していくと いう前を向いた市民協働への理解である。

櫻井 常矢
高崎経済大学地域政策学部教授。博士(教育学)。 専門は社会教育学・地域づくり。 人材育成を軸とした地域コミュニティ再生や市民協働によるまちづくり関する 自治体の政策アドバイザー等を務める。福島県浪江町をはじめ東日本大震災の 復興事業にも震災直後から携わってきている。
※2017年2月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第14回】
地域活性学会理事・東北支部長 小野寺 純治
(岩手大学長特別補佐・特任教授)
 

【第14回】リレーエッセイ
「台湾で地域活性化を考える」
 地域活性学会理事・東北支部長 小野寺 純治(岩手大学長特別補佐・特任教授)

25年の岩手県職員勤務と13年の岩手大学勤務との抱き合わせで大学から 20年の永年勤続表彰を受け、そのご褒美での特別休暇で台湾旅行をしている。 今回の旅行は、育児休暇中の長男の連れ合いをナビゲーターに、7ヶ月の 赤子と私の妻との4人旅で、台湾の食べ歩き旅行である。

彼女が選んだ料理は、道路脇の屋台に毛の生えたような場所での料理が 中心で、レストランとはほど遠い食堂とも言えないような道路の片隅の お店での20元〜120元(日本円で70円〜400円程度)の料理がメインである。 その料理を食べにホテルからタクシーで通うという毎日。そこでは地元の 人々の歓談のなか、妻が背負っている孫を日本語で「かわいいね」といって 声をかけてくれる従業員など、日本では衛生管理と効率性を追い求めすぎて レッドデータブック化している人間としての付き合いがてんこ盛りとなった ひとときがある。歩道を目一杯活用し、それでも足りなくて車道まではみ 出して商売をしているたくましさ。日本では失われて久しい営みが大都市の 一角で繰り広げられている。生活の中になりわいがあり、人々の息づかいが 感じられる街がそこには広がっている。

私は昨年11月に大学を早期退職して、12月から文部科学省の「地(知)の 拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」のコーディネーターとして 若者の地元定着に向けて取り組んでいる。地方での大きな課題の一つに 「地元に大卒の就職先が少ない」というものがあり、新しい仕事を創って いくことが大きな命題になっている。文部科学省の補助金のみでは充分な 取組ができないことから、岩手県に要請して起業家人材育成のための資金 を提供していただいた。その取組は「いわてキボウスター開拓塾」という 名称で10月1日からスタートした。プログラムは週末のフィールドワーク 中心の実践型の授業で、大学の単位とは無関係に地域の若手経営者から テーマと実践の場を提供いただき、学生がチームを作って取り組んでいく というものである。 塾は担当教員の面談を経て26名が第1期生として参加し、10月の8,9,10 には早速2泊3日の合宿を行い、チームとしての活動を開始した。第1期生は 半年の実践や座学を経て卒塾していく訳だが、来年4月以降の本格的な活動 の場の提供が必要と考え、自治体巡りして彼らの新しいフィールドを一緒に 創っていくよう要請している。法律や規則でがんじがらめになっているビジ ネスが、地域と連携することにより少しでも起業し易い環境をつくることが 大切と改めて切に思う毎日である。

小野寺 純治 理事、東北支部長
1951年生まれ、岩手県職員を25年務めた後、2003年から岩手大学教員として 産学官連携、地域連携を担当。 2015年12月から文部科学省の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」 のコーディネーターに就任。現在、岩手大学長特別補佐・特任教授。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第13回】
地域活性学会理事 小野 浩幸

【第13回】リレーエッセイ
「地域金融機関による地域活性化」
 地域活性学会理事 小野 浩幸

「人はパンのみにて生きるにあらず」。新約聖書マタイによる福音書第4章 第4節のキリストの言葉として有名です。聖書の意味としては、人は食べ物 によって生かされているのではなく神の言葉によって生かされているとい うことなのでしょう。しかし、キリスト教に無関心な者にとっても(私など その典型ですが)、それ以上に深遠な意味を感じることができます。人は 生活の糧を得るためにのみ働くのではありません。働くことで社会につな がろうとする生き物です。多くの人は、人間らしく生きていくための尊厳 をそうやって維持しているところがあります。したがって、地域の活性化 を考えるうえでも、その地域の経済活動に目を向ける必要があります。 しかし、これまでの地域活性化に関する研究では、特徴的な事例に対して 注目するあまり、例えば地域の資金がどう循環しているかということには 十分に配慮されてこなかったように思います。

ところで、昨年から金融庁の政策が大きく転換したということが言われて います。これまでは、事業を行う資金の供給者としての役割が重視されて いました。しかし、今は地域経済を再生する担い手としての活動が期待さ れています。今回の臨時国会での麻生内閣府特命担当大臣(金融)の答弁 でも「金融機関のモデルチェンジ」という言葉が出ています。知り合いの 金融機関に聞くところによると金融庁の監査の様子も全く変わったそうで す。(関心のある人は、講談社現代新書から出されている「捨てられる銀 行」を読んでみてください。)

日本には、地方銀行、信用金庫、信用組合といった「地域金融機関」が存 在します。日本にいると当たり前ですが、海外と比べてとてもユニークな 存在であることを感じます。資本主義と近代化がすすめられた明治時代に、 地方の資金が都市部の大企業や土地投機に集中し、地域の中小零細企業に 資金が回らず地域社会が疲弊衰退するという問題が生じました。これを受 けて、地域との共存同栄という理想のもと無尽や産業組合を前身として設 立されたのが地域金融機関といえます。とは言いながら、現代では地域金 融機関も金融商品を売る活動がメインとなっていて、最近の政策転換にい う金融機関のモデルチェンジとは原点に戻ろうとしていると解釈できます。

実は、国の政策転換よりずっと前に、私自身は10年前から地域金融機関の 仲間と組んで中小企業の支援に取り組んでいます。最初は20名程度からの スタートでしたが、現在は仲間の数は200名を超え、昨年度に仲間が支援 した数は2000件を超えます。私の役割は、地域金融機関の個々の職員を対象 として地域企業支援人材を育成することです。これまで、私の講座を受講 した金融マンは500名を超えています。

つい先日も、一緒に活動を続けてくれている金融マンの一部の人たちと飲 む機会がありました。彼らからは「仕事が面白くなった」という言葉が聞 かれます。これまでのノルマをこなす仕事から、経営者の夢に近づく話が できるようになったと言います。彼らの活動の凄さは想像を超えています。 事業や経営が如何に継続できるかを真剣に考えるために、経営者や後継者、 あるいは親族の情報までをも足で稼いで集めています。明治時代に培われ た彼ら金融機関のDNAに再び火が付き始めたのかもしれません。 政策や制度も地域に強い影響力を及ぼすことができますが、結局は地域を 継続して動かすエンジンは、自らの尊厳をかけた地域の人の情熱であると いうことは間違いないことのように感じています。

小野 浩幸(おの・ひろゆき)
本学会理事
1961年生まれ。博士(学術)
山形大学 学術研究院(大学院理工学研究科) 教授
東北創生研究所 地域産業構造研究部門長
山形大学国際事業化研究センター 副センター長
産学連携学会長
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第12回】
常任理事 永松 俊雄(崇城大学 総合教育センター 教授) 

【第12回】リレーエッセイ
「熊本地震と社会共助」
 常任理事 永松 俊雄(崇城大学 総合教育センター 教授)

2016年4月16日、M7.3の地震が熊本地域で発生し、大きな被害をもたらした。 地震調査研究推進本部によれば、今後30年間に国内で発生すると思われる 大地震の発生確率は、東海地方が70%、関東地方が50〜60%である。 一方、熊本地震の震源域は、0%〜0.9%と推定されていた。

ロバート・ゲラー(地震学)が「不老不死と地震予知は同じレベルの話」 と述べているように、科学者の予知が驚くほど不確かであることを、熊本 地震は改めて証明することになった。

一口に大災害と言っても、地域ごとに被災の様相は異なるものだ。沿岸部 と内陸部、都市部と中山間地でも事情は大きく異なる。発災直後、ある 地区では、近所同士で倒壊家屋から住民を助け出した。別の地区では、 消防団や自治会が安否確認を行い、あるいは住民を安全な場所に避難 させたが、発災直後の3日間は、自助や近所同士の共助が求められる ことになる。自治体には各戸を回る人的余裕などないし、救援物資や 人的支援が被災地域の各所に届き始めるのも、3日目以降になるからだ。

大災害時には、企業にも強い「公共性」が求められることになる。 熊本地震では、小売業や製造業だけでなく医療、エネルギー、流通、 情報通信、保険、金融といった多くの業界が、損得を抜きにして非常時 における企業の社会的責任を果たそうと努めた。では、建設業界はどう であろうか。

発災直後の混乱が落ち着くと、「住まいの確保」が問題となってくる。 避難所やテント、車中での寝泊まりは、そう長くは続けられない。 現在、廉価なプレハブの価格は坪単価15万円程度だが、東日本大震災時の 応急仮設住宅(9坪)の建設費用は、宮城県で1戸約730万円(坪81万円) だった。解体・撤去費用を含めれば、850 万円(坪94万円)になる。

熊本地震の被災地も事情は同じである。「くまもと復旧・復興有識者会議」 委員の河田恵昭(防災・減災学)は、「使用後の解体費用も含めると、 応急仮設住宅1戸(9坪)当たりのコストは1,000万円を超える」と指摘 している。仮設住宅の入居期間は原則2年間なので、1ヶ月の家賃が40万円 を超える計算だ。

もちろん、企業には2つの選択肢がある。顧客の窮状に配慮して販売価格を 極力抑えるか、それとも売り手市場の利を生かし、価格を上げるかの選択 である。東日本大震災では、少数だが前者を選択した企業もある。例えば、 岩手県住田町の第3セクター(住田住宅産業)は、1戸約240 万円(坪27万円) で応急仮設住宅を建設している。物資や人手不足を理由に儲けるやり方は いくらでもあるが、わが国社会を襲った悲劇、不幸を「ビジネスチャンス」 と捉えることの是非は、一度正面から議論されるべき社会的問題であろう。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第11回】
理事:鵜飼 宏成(愛知学院大学 経営学部教授・地域連携センター所長) 

【第11回】リレーエッセイ
「市民活動支援制度(通称:1%支援制度)〜市民税1%の活用を市民に委ねる地域〜」
 理事:鵜飼 宏成(愛知学院大学 経営学部教授・地域連携センター所長)

1.市民活動支援制度とは
市民活動支援制度とは、市民税の1%相当を市民自らの投票により市民 活動への分配を決める制度である(注1)。議会が税金の使い道を決める ことが一般的とされている中、「市民が直接投票によって社会的な課題 を解決する市民活動を資金面で応援する動き」が始まっていることに注目 したい。
(注1)条例等で定められた年齢以上の市民は支援金を持ち、市民活動団体 への支援金の算出の基礎となる。この支援金の額は個人市民税額の1%相当額 を対象年齢の市民数で割り戻して算出したもの。

2.先行する自治体
市川市が平成17年(2005年)度にわが国で最初に同支援制度を導入して 以後、2番手グループとして平成21年(2009年)度に一宮市、恵庭市、 奥州市、大分市が導入し、平成28年(2016)度の現在は6市で運用されて いる(大分市、佐賀市、和泉市、生駒市、一宮市、八千代市)。 全国1,741の自治体(市は791)から比較すると僅かに留まっているが、 税金の使い道を市民の委ねるという大英断を下した先行自治体には敬意を 表したい。市民を信頼して、「自分の地元をどうしていくのか、誰がどの ように関わっていくのかを問い直す」機会を提供しているからだ。

3.支援体制の充実が地域力を確実に高める
さて、筆者は一宮市で初回から審査会委員を務め、毎年度70〜80件の市民 活動団体を審査している(注2)。審査会の役割は、提案された事業を 「@公金負担の妥当性、A事業内容の公益性、B事業内容の妥当性、 C費用の妥当性」の4視点から確認し、18歳以上の市民が選択する際に 参考としやすい情報とすることだ。加えて、事業終了後に適切に遂行されたか、 各団体が実施事業を振り返り課題を抽出し、克服方法を検討しているか どうかを審査する。約8年にわたる推移を見守ってきて、市民活動支援 センターの相談機能の充実もあり、市民活動団体の課題解決力や事業の 提案力が高まってきたことを実感している。
(注2)http://www.city.ichinomiya.aichi.jp/kurashi/chiiki/1010093/1015840.html

4.市民が地域づくり活動にかかわるきっかけとするために
しかし課題もある。制度の本質から言えば、市民がまちづくりに参加する 貴重な機会になるはずだ。残念なことに、お金で支援(投票)したらその 団体の活動に参加していくのではないかと期待していたが、大きな動きに なっていない。私見であるが、市民側の意識醸成だけではなく、団体側の 受け入れ態勢を見直すきっかけと考えるべきだ。また、高校年代の学び方 として期待されているアクティブラーディングの題材は、地域の課題だ。 市民活動の充実と層の厚さが次世代の育成につながる時代となっている。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第10回】
地域活性学会理事・離島振興部会事務局長 今瀬 政司
(京都経済短期大学准教授/NPO法人市民活動情報センター代表理事)
 

【第10回】リレーエッセイ
「地域活性、地域づくりへの向き合い方」
 地域活性学会理事・離島振興部会事務局長 今瀬 政司
 (京都経済短期大学准教授/NPO法人市民活動情報センター代表理事)

地域活性、地域づくり、地域創生において、こうすればこうなる、といった ような成功の方程式はない。成功する上で模範解答はなく、解答は個々の 地域の現場にあり、それら解答は異なる。成功する地域には、目的と理念を 共有し、表方とともに裏方で実践の作業を担う者たちがいる。

地域活性の実践活動や調査研究、協力などにおいて、私は、初めて出会う 地域では、幾つか自分自身に決めておくことがある。一切の先入観を持た ずに頭を白紙にして、地域に向き合うように努めている。自らのこれまで の実践経験や知見・研究に自負の心を持たないわけではない。だが、まず 新たに出会った地域の現場からできる限り学びを得た上でなければ、過去 の経験や知見などを有効に活かすことはできない。あるべき論を汎用的に 地域に押し付けるのみでは、負の影響をもたらすこともあり得る。仮に 如何に正しいことであっても、押し付けるところから間違い始めること がある。また、自分の発言や行動において、どこまでいつまで責任を持つ つもりで臨むべきか、おおよそ決めたうえで地域に向き合うように心がけ ている。

地域づくりでは、目的に向かって活動を続けることが最も難しく、最も 大事なこととなる。成功事例・モデル事例・先進事例などと言って、特定 の地域事例がもてはやされることがある。だが、時を経てその成功事例が 過去の話になるケースは少なくない。場合によっては、成功事例ともて はやしたことを忘れたかのように失敗事例として取り上げられるケースも ある。一時の成功をモデル事例と評して、そこから汎用化したあるべき論 のノウハウを別の地域に頭から押し付けて、ミスリードしてしまうケース も見られる。長い間細々とでも成功し続ける地域の取組みはそう多くはない。 それ故に、私は、事例を調査研究して紹介する際には評価のモノサシを慎重 に当てるよう努めており、実践活動においては、目的達成を自問自答しなが ら細々とでも長く続けることを大事にしている。

地域づくりで成功し続けるためには、担い手の間で目的と理念を共有し続ける ことが必要となる。時が流れ、各々に様々な環境変化が起こる中、人間同士 同じ思いを同じ程度で持ち続けるのは容易なことではない。さらには、実践 の作業、特に裏方での作業を担う者が地域づくりの中に居続けることは実に 難しい。それ故に、私は、目的と理念を常に意識して自問自答するように努 めており、裏方での作業とそれを担う者を最も大事な存在として認識して、 向き合うように心がけている。

これが、地域の現場で学んできた、私の地域活性、地域づくりへの向き合い 方である。

今瀬 政司(いませ まさし)
1967年名古屋市生まれ。法政大学卒業
1991年〜2002年:(株)大和銀総合研究所(現りそな総合研究所)
2002年〜現在:NPO法人市民活動情報センター代表理事
2013年〜2016年:長岡大学准教授
2016年〜現在:京都経済短期大学准教授
現在、法政大学大学院兼任講師、(公社)奈良まちづくりセンター理事など兼任
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第9回】
地域活性学会常任理事・中国四国支部長 那須 清吾 

【第9回】リレーエッセイ
「地方創生と起業家」
 地域活性学会常任理事・中国四国支部長 那須 清吾

高知県から地域活性化、事業創造を考える。その過程には長い時間と多大 な労力を必要とする。経営者や起業家に志と夢が無ければ、厳しい経営 環境と様々な試練に耐えて事業創造や起業を成功させることは出来ない。

既存の事業を継続することとは異なる過程が存在する。敢えて言えば、 経験しなければ語れない過程であり、地方独特の困難さも理解出来ない。 事業創造や起業が必ずしも成功しないのは事実であるが、信用も資本力 も乏しい中小企業の集まりである地方において一つの失敗は全てを失う ことを意味する。このことは、一度起業したら簡単には諦めない起業家 精神を強くする一方、起業家となる勇気を挫く。志と夢が無ければ実現 しないし、起業家にはなれない。

定型の事業創造ならば兎も角、起業時には大きな可能性を理解していて も、その実現に必要な課題構造を全て理解出来ているとは言えない。 あらゆる試練を知っていたなら起業家にならないかもしれないので、 この種の無知は起業する意志にとって負の効果ではない。その代わり、 起業家はその過程において常に新たな試練により選択肢を狭められる が、その度にあらゆる前提条件や常識を見直して多様性を見詰め直し て新たな選択肢を創造する。正しいのは志と夢であり、その実現方法 には多様性と未知の選択肢があることに気付くのが成功への過程であ る。

起業家の夢が革新的であれる程に既存の枠組みへの挑戦が待っている。 大阪生まれの私にとって地方における既存の枠組みは商売の観点では 理解出来ない位に頑固である。起業家の志を挫くには十分に強固であ るが、夢の正統性を失う様な決断をすればその決断で自らを裏切る ことになるので、避けて通ることは出来ない。地方によって様々で あるが、柔軟性と学ぶ意識の違いが地域の将来性を決定する。

地方創生の政策を担う方々や政治家や行政担当者には、これらの現実 を理解する、或は、少なくとも知ってもらうことが地方創生を実現 しようと頑張っている地方の起業家、経営者に大きな力になると考える。 起業家の立場で考える政策担当も重要である。

地方の起業家は、地方における地域経済および地域の人々との共有 価値の創造を目指しているものである。”Creating Shared Value” なる分かり易い言葉で表現されることもあるが、地方における起業家 の心そのものとして既に存在していた哲学である。しかし、この哲学 の本質を書物で伝えることは難しい。

経営学という学問の難しさがここにある。経営者が思っていること、 経験することは現実であり成否の要因や課題構造も理解している。 しかし、これを一度学問或は理論として語る場合、現実に基づく 論理的経験無くして伝えることには難しさがある。空海が真言密教 の根本経典である理趣経を最澄に貸さなかった理由もここにある。 少なくとも人から人へ経験の共有でないと伝わらないのがその理由 であり、経営学も仏教と似た側面がある。

那須 清吾(なす・せいご)
常任理事、中国四国支部長。 1958年生まれ。 東京大学工学部土木工学科卒業、博士(工学)、 カルフォルニア大学サンディエゴ校大学院Applied Mechanics and Engineering Sciences、 高知工科大学 学長特別補佐、大学院起業家コース長、 経済・マネジメント学群教授 (株)グリーン・エネルギー研究所 代表取締役社長 など。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第8回】
地域活性学会常任理事・総務企画委員長 尾羽沢 信一 

【第8回】リレーエッセイ
「「地域活性化」について思うこと」
 地域活性学会常任理事・総務企画委員長 尾羽沢 信一

地方の衰退が危機感を持って語られ始めてから久しい。東京圏への一極集中 と地方の人口減少は今に始まったことではなく、長期人口統計を見れば明治 時代末期からその動きがある。江戸時代までは一定程度の分散型社会だった のが、その後の急速な近代化、工業化、情報化などによりヒト・モノ・金の 東京集中が加速された。

特定の都市に人が集中するのはどの国でも見られるが、日本の問題はその特 定の都市がほぼ東京圏のみであるということにある。この80年間でみると、 全国人口に占める構成比を1ポイント以上伸ばしているのは一都三県、愛知、 大阪のみであとは軒並み横ばいか減少である。

それでも人口全体が増加している時代には問題はさほど深刻ではなかった。 国全体が人口減少局面に入り、少子化、高齢化が進み、地方ではこれに人口 の社会減が加わる。地域の魅力を守り支えていこうとする担い手が減り、 生活の基盤となる雇用の場、それを生み出す産業力も減退した。かつての ように大手企業が安価な労働力を求めて地方進出した時代はグローバル競争 の開始とともに過ぎ去り、日本国内からの生産拠点の引き上げが加速している。

ではどうすればよいのか。おそらく地域発のイノベーションを強力に推進して いくことがカギとなるであろう。どんな地域にも固有の文化・歴史・風土・ 産業などの資源があるが、単にそれらに拘泥するだけでなく、人材も含めた 地域資源を現代的な地域間競争、グローバル競争の文脈の中で位置づけなおす 作業が必要ではないか。

そしてそれができるのは、地域の危機感を共有し、外部に向けた発信戦略に 着手し始める地域だけである。またそのためには、新規創業、既存産業の 再構築、まちづくり、地域全体の戦略計画の策定と実行、いずれをとっても、 異質な人材の出会いと相互触発が必要になるであろう。

尾羽沢 信一(おばざわ・しんいち)
常任理事、総務企画委員長。 1957年生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科修了。 (株)インテージ主任研究員を経てフォアサイトリサーチラボ代表。 (一財)地域活性機構副理事長、事務局長、専修大学、獨協大学講師(非常勤)など兼務。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第7回】
地域活性学会常任理事・関東支部長 岡本 義行 

【第7回】リレーエッセイ
「まちづくりに思うこと」
 地域活性学会常任理事・関東支部長 岡本 義行

まちづくりや地域活性化に関わっていると、地域活性化を全体として企画 し推進する人材の不足を感じる。そういう人材には企業、行政、大学、 コンサルタントなどで仕事をしてきた人が突然なれるわけではない。 日本はサラリーマン社会になってしまい、多様なキャリアーを「評価できる」 労働市場が成立しなかった。様々な仕事を経験して、ネットワークを構築しな がら、行政、企業、NPOなどでキャリアーを積み上げて行く。地域活性化だけ でなく、政治家も何らかのキャリアパスの必要性を感じる。

現在、日本では「教育の過剰」が議論されている。他の先進国では知識社会 に対応するため、人材育成が重要視されている。デンマークやノルウェーで はサラリーマンが大学院で修士はもちろん、博士号を取得することを政府が 支援している。ノルウェーの漁業関係者にも修士や博士がいる。それが 「漁業王国」を築いたのだろう。地域活性化にも、修士や博士を取得しながら キャリアー形成をする人々に出会う。アメリカでは「イノベートアメリカ (パルミサーノレポート)」(2003)、EUでは「リスボン宣言」(2006)に よって知識社会への対応を国の政策として宣言した。社会人が学んでいる 比率は、先進国の20%近くに対して、日本はその10分の1に過ぎない。

ある地域の商業高校を訪問する機会があった。その地域は木材を資源として 地域活性化を推進している。生徒は木工の授業を受けていた。商業高校で なぜ木工の授業か。木工が商業学校の「看板」として生徒を集めているという。 実際には地域に合わせた科目が正規・非正規を問わず必要なのだ。地域の 実情に合わせた人材育成が十分ではない。特色ある産地や地域産業のある 地域でも、人材育成の仕組みがないところがほとんどである。グローバル な競争や知識社会のもとでは、それでは経済・社会の変化に対応できない。

地域活性化の企画や推進に必要な基礎的スキルや情報を学ぶ仕組みが整備 されても良い。EUでは地域活性化の専門家は仕事と大学院を行ったり来たり いながらキャリアー形成した人に会う。調査によれば、日本でもかなりの 社会人が学習の機会を求めているが、地方ではそうした機会は少ない。

さらに、職場で「隠れ社会人大学院生」として、ひっそり学んでいる社会人 が少なくない。個人が自分でキャリアー形成している限り、教育の過剰は ありえない。また、人材育成が無ければ、地域経済の発展もないだろう。

岡本 義行(おかもと・よしゆき)
1947年東京都生まれ。本学会常任理事、関東支部長。 法政大学大学院政策創造研究科教授、博士(経済学)、 法政大学地域研究センター副所長。専門領域は、地域経済学、企業論、 イタリア経済。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第6回】
地域活性学会常任理事 上西 康文 

【第6回】リレーエッセイ
「ワークスタイルからイノベーションへ」
 地域活性学会常任理事 上西 康文

 先だって、あるIT企業の少壮経営者の講演を聴く機会がありました。 その会社のオフィスでは従業員の決まった座席はなく、大きなフロアーを 三つのエリアに分けて、ミーティング用の円卓などを備えたエリア、隣席 と話をし意見を交わしながら仕事をしてよいエリア、私語厳禁で作業に 集中できるエリアのどこで仕事をしてもよい。中には外窓に面してカフェ のカウンターを模した席もあれば、畳をしいた小上がりもあって寝そべって PCを叩いていても誰も怒らない。そもそもいわゆるクラウドによるシステ ムの企画開発の会社なので自社内のサーバーは一切持たず、社内文書はすべ て電子化され、社内連絡もメールより手軽で多機能なビジネス・チャットと いわれる米国発の最新のツールで行うなどなど、罫紙とエンピツと黒電話の 世界で社会人を始めた世代の記憶はすっかり色褪せてしまうプレゼンでした。

 もちろん、どんな業種業態であってもこの会社のような仕事のスタイルが 可能ということはないでしょう。経営者が商社勤めから20代で起業し、いま も従業員は100名に満たないベンチャー企業ならではのこととは思いますが、 「時間や場所にとらわれない働きかた」を追求した結果、ひとつ行き着いた 形という印象を受けました。政府が普及促進に取り組んでいるテレワークも 自由度の高い働き方を目指すものですし、まさに今進められている消費者庁 の徳島での試行が、どのような成果につながるのかも注視したいところです。

 情報通信技術の発達やそのための基盤整備が前提となることですが、人口が 減少していく中で我が国の産業企業の生産性を向上し、とりわけ地域で創造性 ある仕事をしていくためにも、また子育てに忙しい家庭や経験豊かなシニアが 社会への寄与を続けていくためにも、多種多様で柔軟な仕事のかたちが広まっ てほしいものです。

 もちろん仕事の物理的環境を変えるのが目的ではなく、そこから発展して 個人の仕事の成果がきちんと評価される仕組みや、障害を共有しチーム全体で 問題解決していくなど組織の中の文化をつくるための制度設計が大切だ、とい うことをこの経営者も強調していました。

 目を転ずれば、自動運転やドローンといった目覚しい技術進歩も、人手不足 の時代に入った地域そして我が国経済において、人々の移動や物流を支える あらたなインフラの一部になっていく可能性が開けています。アナログ世代の 人間には通り一遍の知識を仕入れるのも次第に億劫になってきましたが、あた らしい働き方やテクノロジーが、地域のあらたな発想力を引き出し活性をもた らすものになってほしいと思っています。

上西 康文(うえにしやすふみ)
東京生まれの関西人と自称。1978年に大蔵省(現財務省)に入省。英国留学。 米国ワシントン、北九州市、松本市(信州大学)、名古屋市でも勤務。内閣に 出向して地域活性化統合事務局(現地方創生総合事務局)事務局長代理。 2010年に退官して現在は損害保険ジャパン日本興亜(株)にて勤務。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第5回】
地域活性学会常任理事 伊藤 一(小樽商科大学教授) 

【第5回】リレーエッセイ
「地域活性化のために」
 地域活性学会常任理事 伊藤 一(小樽商科大学教授)

私がこのテーマに注目したのは御園副会長や舘副会長が始めた「地域活性化 システム論」に参加してからで、小樽市から中央官庁に移った木村俊昭先生 の強引な勧めもあり、学内の反対を押し切り、開始2年目から開講したこと に始まります。今では国の政策誘導の結果か、地方大学の生きる道として 地域活性化、地方創生は大学の中核事業となっています。

開講すると学生の意欲はすこぶる高く、地域・地元で街を活性化したいと 希望する学生に数多く出会います。現実には地域で優秀な人材は優秀であれば それだけ早くその街を去ることができ、またその地域が過疎地であればそれ だけ外に出る確率も高まるといわれます。この学生らも北海道の町からでて 札幌に住み、いずれは東京か札幌にて就職するのでしょうが、この郷土愛を いつまでの大切にしてもらいたいと願っております。

政策のスタイルも政権が変わるごとに姿を変えてきました。本来中央官庁に あった政策を企画する権利が地方自治体、基礎自治体、そして現在では住民 に近いところまで移り、ハンドリングしやすい単位までおとしこまれ、 “一億が輝ける社会”をつくれるスタイルに変わってきています。そこで、 住民は活性化の意味づけをいかに考えるべきなのでしょうか?

地域活性化とは“目的”なのか“プロセス”なのかと考えることがあります。 経済的に豊かになることが活性化ならば永遠のテーマのような気がします。 プロセスなら、もし、活性化事業が経済的な成果を上げなくても参加者が 地域を理解し、考え、他者と触れ合うことで、数多くの気づきを得たとしたら、 その過程そこが活性化とする意見もあります。4年で卒業する学生らには プロセスの中での気づきを大切にするようにと話しています。

行政サイドからは“事業仕分け”の悪夢からか、経済効果などを測定し効果を 意識した計画・執行が求められてきています。COCプラスなどはまさにそれです。 ただ、社会の発展にはスラック(余剰)という概念があり、この余剰を糧として 成長し、時にはイノベーションを生み出すことがあるとする説もあります。また、 上記の“気づき”の中にイノベーションを生み出す核心が存在しているのでは と考えることがあります。

今や第4次産業革命が進み、シェアビジネス・フィンテック・IOT・クラウド ファンディングなど地域のビジネスを支える新しいツール・概念が数多く登場 しつつあります。低所得であっても十分豊かな生活が営める地方社会が来ること を期待し、今後各地で起きる地方からのイノベーションを期待したいところです。 今後、皆様方のご活躍を心から願っております。

伊藤 一
小樽商科大学教授。専門:流通論。地域活性学会所属。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第4回】
地域活性学副会長 御園 慎一郎 

【第4回】リレーエッセイ
 地域活性学副会長 御園 慎一郎

「地域を活性化する」というのは具体的にどのような社会を目指すことを言うのだろうか? これが,「地域再生」という名称での政府の地域活性化のための作業に携わることになった時からの私の最大のテーマでした。

当時の政府の目指す方向は地域再生本部発足時に既にペーパーに定められていました。そのために法案を作成時も当然のようにその目的に「地域経済の活性化,地域における雇用機会の創出」と記すことになるのですが、個人的にはなぜか物足りなさを覚えた記憶があります。この感覚の下にあったのは地域社会を語るのに「経済」だけでは十分ではないだろうという意識だったと思っています。

法律を作る作業等と平行して全国の大学で地域活性化に資する人財育成のための「地域再生システム論」を展開していただく事にもなりました。この時もここで育っていく人財(学生さん)は「地域の活性化」ということに関して具体的にどのような社会をイメージしてゆくのだろうか?先生方はどういう理念で指導されるのか?ということにとても関心があったしそれぞれの大学での活動の中からテーマの解が示されるのではないかと楽しみにしていたのを覚えています。

政府の中でも活性化した社会とはどのような社会を目指すのかという事に関して議論があったようです。一昨年制定された「まち・ひと・しごと創成法」では「国民一人一人に視点をおいたうえで皆が希望の持てる豊かな地域社会を創ること」を目的に掲げています。このことは政府の地域を見る目線が「経済」のみならず「ひと」という観点も持つようになった証かなというのが今の率直な感想です。

この感覚で地域活性化という事を考えると、地域活性化とはそれぞれの地域の人々が「自主・自立・自考」の精神で「地域資産」の掘り起こし,磨き上げという共同作業を通じて「地域の誇り(ローカルプライド)」をかたちづくり、社会の構成員一人一人がこの誇りを胸に元気に笑顔で暮らしてゆける社会を目指すための活動と言えるのではないかと思っています。といってもこれも抽象的に過ぎるのは否めませんが。

地域活性化というのは具体的にどのような社会を目指すことを言うのかというテーマに関しては、まさに地域活性学会と学会員の皆様の具体的な活動を通じてこれからもその答えが出し続けられていくことになるだろうと期待しています。そしてそのことが本学会創設のきっかけの一つでもあったこともあわせてお伝えし、皆様のこれからのますますのご活躍をお祈りしたいと思います。

御園 慎一郎(みその・しんいちろう)
1977年自治省(現在の総務省)入省。茨城県総務部長、愛知県総務部長、2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会業務局長、内閣官房内閣審議官(地域再生担当)等を経て、2010〜2015年、愛知東邦大学教授。
現在は、大阪大学国際医工情報センター招聘教授、地域再生研究機構理事長、医療福祉クラウド協会理事長、日本ソーイング技術研究協会理事長ほか
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第3回】
地域活性学副会長(地域活性機構理事長) 中嶋 聞多 

【第3回】リレーエッセイ
 地域活性学副会長(地域活性機構理事長) 中嶋 聞多

私たちの学会が発足したのは平成20年12月。はやいもので、もう8年近く活動してきたことになります。その月日を振り返るとき、創設に参加し、伴走してきた者として、さまざまな感慨と反省が入り混じるおもいがします。誤解をおそれずにいえば、「学会」である以上、「地域活性学」の理論と方法の確立に努力すべきですし、その一方で、待ったなしの地域問題の解決にむけて、実践的な貢献をすることも求められています。

PR不足のため、多くの会員のみなさまはご存知ないと思いますが、この二律背反ともいうべき課題に向き合うため、平成21年9月、「一般財団法人 地域活性機構」が、清成忠男(前学会長)を理事長に迎え、設立されました。学会はある意味、アカデミックな活動を中心におこない、そのかわり機構が学会の別動隊として、学会のもつ豊富な人的資源を使って地域活性化の実践に積極的にかかわろうというわけです。そのため学会に先駆けて法人化をすすめました。その後、安倍内閣の地方創生政策も追い風となって、学会が順調に会員数を伸ばすなか、残念ながら、機構はこれまでセミナーや研究会の開催など限られた活動しかおこなってきませんでした。その間、地域の課題がますます多様化、複雑化する中で、学会員や地域から、地域活性化に関わる「知」の臨床応用を求める声が日増しに高まってまいりました。どのような形で地域活性化の課題に切り込んでいくのか、その理論や方法論を実地に検証し、実践するために、機構はこの3月、組織の抜本的な見直しをおこないました。受動から能動へみずからを変革することになったのです。

学会に結集しつつある地域活性化の知を実践の場にいかすこと、そのためには機構みずから積極的にフィールドを開拓する必要もあるとおもいます。地域活性化における知とは、集合知であり実践知であるはずです。学会員の皆さまはもとより、ひろく企業や自治体、大学、そして地域の方々がその頭脳を結集して、地域の、そしてこの国の課題解決にチャレンジできるような仕組みをつくりたいと考えています。皆さまのご理解とご協力をたまわりますことを願ってやみません。

中嶋 聞多(なかじま・もんた)
地域活性学会副会長。(一財)地域活性機構理事長。信州大学特任教授、慶應義塾大学特別招聘教授。2016年3月まで事業構想大学院大学教授・副学長。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第2回】
地域活性学副会長(国土交通省官房審議官) 舘 逸志 

【第2回】リレーエッセイ
 地域活性学副会長(国土交通省官房審議官) 舘 逸志

地域活性・地域振興との関わりは、2001年に内閣府(旧経済企画庁)からNIRA(総合研究開発機構)に出向し、地方シンクタンクの活動と接点をもったことが切っ掛けとなっています。昨年、大手前大学の藤田先生や関西大学の橋本先生に研究大会を開催していただきましたが、これはその時のご縁によるものです。

その後、2005年の地域再生法の策定を御園さん(学会副会長)が地域再生本部の副室長として陣頭指揮を執っている時に、参事官としてご一緒させていただき、2006年からの北陸先端科学技術大学院大学での「地域再生システム論」の開講に繋がっていきました。

地域再生システム論の開講では、小樽市から内閣府に基礎自治体出身の初の企画官として来てもらった木村俊昭さん(学会発足の仕掛け人、現常任理事)に現場の躍動感を注ぎ込んで貰いました。彼の全国の自治体や大学とのネットワークと行動力で2008年に本学会が発足する運びとなったことは皆さんもご存じのことと思います。

私自身の自己紹介としては、元々、インドシナ和平の直後1991年からインドシナ開発担当の初代書記官として在タイ日本大使官に勤務し、その後、アジアの中での日本の生き方を模索しながら行政官としての人生を歩んできました。その後、アジア通貨危機後のタイの復興を支えるためタイ政府(国家経済開発庁)のアドバイザーとしても仕事をさせて貰い、タイ赴任は合計6年半に及びました。タイは私の第2の故郷として、いまでも日タイビジネスフォーラムの副会長をさせていただくなどお付き合いが続いています。

先日は、そのご縁で日本経済新聞社主催「アジアの未来」にも参加させていただきました。そこで感じたのは、日本と世界の意識のギャップでした。アジアのほとんどの国及び米国も今後のアジア太平洋地域の勢力図に関して、中国が大国化して米国と並ぶ覇権国となっていくシナリオを主要な前提としてそれぞれの国の生きていく道や役割を考えています。

一方、日本は戦後のブレトンウッズ体制、冷戦構造の下で復興と成長を成し遂げ、世界第2の経済大国になるまで依存してきた日米安保とアジアの旧秩序に依然として拘泥しており、新たな勢力図の下での日本の立ち位置について、米国や他のアジアの国と認識を共有出来ていないのではないでしょうか。そのことがAIIBへの対応や日中韓のぎくしゃくした関係の背景にあるのではないかと思いを馳せた一日でした。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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【第1回】
地域活性学会長(高崎経済大学地域政策学部教授) 大宮 登 

【第1回】リレーエッセイ
「地域活性について一言」を始めます
 地域活性学会長(高崎経済大学地域政策学部教授) 大宮 登

2016年4月14日に熊本地震が発生しました。私たちの会員の皆さんも大きな被害を受けました。経済損失が5000億円と想定される大震災で、いまだに多くの課題を抱えながらの日常であると伝えられています。はじめに、この熊本震災で被害にあった方々、復興に当たっている方々に、心からお見舞い申し上げます。一日も早い復興を願っています。

さて、ニュースレターで、役員の皆さんに「地域活性について一言」という形でメッセージをいただくことにしました。理事・監事・評議員の皆さんを合わせると、総勢で40人ほどいます。産学官民、様々な立場の方々が、役員についています。地域活性に関して日頃感じていること、考えていること、取り組んでいることなど、なんでも結構ですので、メッセージを一言、発信してください。

それでは、私から最初の「地域活性について一言」メッセージを送ります。地方創生では、人口減少の対策や地域活性のために、地方への若者の定着が話題となっています。最近、私の周りの学生たちが卒業に当たって、地方で生きる選択をする割合が確実に増えています。明治大学の小田切先生の言う「田園回帰」現象というほどでもないのですが、群馬県内の職場を選択しようとする学生が目立ちます。

それらの学生に共通するのが、地域活動に何度も参加して、地域の人々と交流し、協働行動を通して、自分の居場所や自分の役割を見つけることができた人たちです。この様子を見るにつけ、地域アイデンティティ(地域への愛着)は、地域に役割があり、協働の関係があり、信頼できる仲間たちとの居場所があることが大事なのだと、再認識させられます。学生達の成長を願って、PBL(Project Based Learning)やアクティブラーニングを推奨してきたものとして、確かな手ごたえを感じているこの頃です。
※2017年1月掲載。肩書等は掲載当時のものです。
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