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法政大学キャリアデザイン学部[梅崎ゼミ]

地域活動とキャリアデザイン−神楽坂で働く、生活する−
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神楽坂を語る 神楽坂オーラルヒストリーとライフキャリア
−梅崎 修−

 神楽坂とお付き合いをはじめて二年ほどになる。べつに特別な用事があったわけではない。たまたま職場(法政大学)が近くなったので、時間が空いたときに散歩をしていた。神楽坂にやって来たのは偶然の巡り合わせであるが、路地をふらふら歩いて、私はこの街がだんだん好きになってしまったのである。
 神楽坂は、歴史のある街、和の風景がある街、そして色っぽくて粋な街、である。街に顔があるといえばよいだろうか。どこもかしこも無個性で無機質な街が日本中に溢れつつある現在、東京のど真ん中で神楽坂が静かに自分らしさを語ってくれることがうれしい。
 ところで、神楽坂には歴史があると多くの人が主張する。まさしくそのとおりだと思う。神楽坂には、日本の多くの街で失われた、あるいは失われつつある何かが残っている。だけど、この歴史という奴が曲者なのである。歴史という言葉がただ古いだけを意味するのならば、極端な話、遺跡があれば充分だろう。しかし、それだけでは、本来楽しいはずの歴史を知るという行為が、学生時代の試験勉強のような年代を憶えるだけのつまらない作業になってしまう。
 過去は、それを感じている、今われわれの意識の中に生まれる。言い換えれば、歴史というものはわれわれの〈記憶〉の中にある。ただし、ここでいう〈記憶〉は、かならずしも個人のものとは限らない。
 たとえば私は、ある人の個人的な思い出話を聴いていて、ふと懐かしさを感じることがある。自分は同時代を体験していないのに、なぜであろうか。たぶんそれは、人々の〈記憶〉が語りを通して実感として伝わるからだと思う。もちろん、数十年前のことが語られるとき、その語りの舞台は消え去り、登場人物の多くは亡くなっている。が、変貌する街並みの中にも、現在に続くほんの少しの〈連続性〉が残されており、われわれがその小さなものを発見できれば、ある人物の〈記憶〉は街の共有財産になるのである。
 おそらく無個性で無機質な街には、〈記憶〉という共有財産が残り難いのだろう。いや、神楽坂といえども、われわれが何もしなければ、共有財産も単なる風化した遺跡になってしまう。だからこそ、われわれは街と深く付き合うためにも、街に生きる人々の〈記憶〉を探し集め続けなければならないし、〈連続性〉を維持する必要があるのだ。
 オーラルヒストリーは、多くの人には聞き慣れない言葉かも知れない。直訳すれば、口述歴史となるだろうか。オーラルヒストリーとは、人々の語りを引き出し、彼ら彼女らの〈個人的記憶〉を〈社会的記憶〉に変える作業である。
 ところで、この〈社会的記憶〉の存在は、われわれがライフキャリアを形成するにあたって極めて重要な位置を占めている。ライフキャリアのデザインは、ただ単に一個人の計算と選択のうえに成り立つのではなく、一般的には〈風土〉と呼ばれるであろう、歴史的かつ社会的文脈において理解される地域のうえに成り立っている。〈風土〉は個人の選択に影響を与え、なおかつ個人は〈風土〉を育てているのである。
 たとえば、後藤・佐久間・田口(2005)では、地域を生命体のアナロジーとして理解する考えを提示し、連続性をもつ〈社会的記憶〉を〈地域遺伝子〉と呼んでいる。四季のうつろいに彩られた祭事や食文化、時空を超えて磨き上げられた技や知恵、相互扶助組織などのひとつひとつは地域のアイデンティティーの源泉である。
 しかし、同書が危惧するように、近代化の過程で地域固有の循環系はことごとく喪失し、地域を生命体にたとえること自体が難しくなってきた。このような地域の近代化の問題は三浦(2004)によっても指摘され、地域の郊外化の実態が具体的に論じられている。三浦氏は、郊外化による地域荒廃の現状を〈ファスト風土化〉と名づけた。
 もちろん、かつて〈社会的記憶〉=〈地域遺伝子〉は〈既にあるもの〉=〈自然〉として無意識に知覚されていたのだろう。だが現在、われわれが意識したとしても〈地域遺伝子〉はその姿を容易に現すことがなくなった。それゆえ〈地域遺伝子〉を読み解き、顕在化させるという〈作為〉がどうしても必要になる。
 しかしそれは、あからさまな〈作為〉であってはならない。この〈自然〉を取り戻す〈作為〉は、戦後日本の地域近代化のもとで進められた〈作為〉(=計画)とは異なることにも留意したい。なぜなら、オーラルヒストリーという〈作為〉は、自然、歴史、他者を自己に取り込むことで成立する〈作為〉であるからである。あえて言えば、〈自然な作為〉の必要性であろうか。
 先にあげた後藤・佐久間・田口(2005)は、「まちづくりオーラルヒストリー」を一人ひとりの市民の自発的参加をもたらすプログラムととらえ、「懐かしい未来像」を構築する過程を提示している。私も大いに賛同する一人であるが、そのためにもまずオーラルヒストリーを歴史学から開放し、まちづくりを公共事業的発想に対峙させ、さらに個人のライフキャリアの尺度から〈社会的記憶〉を捉え直す必要がある。
 われわれは、子供から青年、壮年、老年に至るライフキャリアを深く考えるためも、神楽坂という地域の〈社会的記憶〉を探った。もしかしたら、このような試みはキャリア研究者にとってさえ回り道と映るかもしれない。しかし、個人のライフキャリアが地域とのかかわりのなかに育つならば、このような回り道こそライフキャリア研究、さらには個人の豊かなライフキャリア形成の真の近道であると私は考えたい。

参考文献:
後藤春彦・田口 太郎・佐久間 康富(2005)『まちづくりオーラルヒストリー―「役に立つ過去」を活かし、「懐かしい未来」を描く― 文化とまちづくり叢書』水曜社
三浦展(2004)『ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 ―』洋泉社
George Ritzer(2004)“The McDonaldization of Society 4th” Pine Forge Press (ジョージ リッツア著 正岡 寛司 翻訳(1999)『マクドナルド化する社会』 早稲田大学出版部
Paul Richard Thompson(2000)“The Voice of the Past: Oral History 3rd” Oxford University Press(ポール トンプソン 著酒井 順子 翻訳(2002)『記憶から歴史へ―オーラル・ヒストリーの世界』青木書店)

梅崎 修
法政大学キャリアデザイン学部専任講師。
2000年大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。
その後、政策研究大学院大学C.O.E.オーラル政策研究プロジェクト特別研究員を経て、2003年法政大学キャリアデザイン学部専任講師。

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