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法政大学キャリアデザイン学部[梅崎ゼミ]

地域活動とキャリアデザイン−神楽坂で働く、生活する−
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ホン書き旅館「和可菜」の女将さんの半世紀
−和田 敏子さん(神楽坂4丁目)−

和可菜の佇まい
 その旅館は、神楽坂の細い路地に佇む。普通に旅館の前を通り過ぎただけでは、そこが旅館とは気がつかない人もいるだろう。黒塗りの建物はくねくねと折れ曲がった石畳の通りに寄り添うように建っており、ゆっくりと路地を歩く人たちには、一瞬一瞬違った表情を見せてくれる。
実は、この旅館は神楽坂では知る人ぞ知る「和可菜」という旅館である。かくいう私も、黒川鍾信さんが書かれた「神楽坂ホン書き旅館」(日本放送出版協会)を読むまで、この旅館の前を何度も歩きながらその建物を旅館とは思っていなかった。
 最初、ホン書き旅館と聞いても何のことだがわからなかったが、解説を受ければ、なるほどと思う。脚本家や小説家など書くことを仕事にしている人たち、つまりホン書きさんたちがここに籠もって(閉じ込められて?)、作品を仕上げるカンヅメ旅館である。多くの小説家たち、脚本家たちがこの和可菜で名作を書き上げていった。
お世話になったホン書きさんたちは数知れず、野坂昭如さん、色川武大さん、山田洋次さん、早坂暁さん、滝田ゆうさんなど、名前を聞けば、作品が思い浮かぶ人ばかりである。不思議と書ける、落ち着く、と皆さんがいう旅館はどんな空気をかもし出しているのだろうか。
「ホン書きさんたちは芸術家ですから、結構気難しい人も多いのではないですか?」
和可菜の一室でこんな質問を女将の和田敏子さんにしてみた。
「いえ、うちに来るホン書きさんたちは真面目な人ばかりですよ。」と女将さんは答える。なにも特別なサービスはしないそうだ。女将さん曰く、「食事も朝だけ、あとは執筆の合間にお茶を出すぐらいですね。」たしかに、映画なら約1ヶ月、テレビなら約1週間、長期に滞在するのだからリラックスできるのが一番なのだろう。学生時代の下宿のような気楽さがある、といってしまうのは、和田さんに対して失礼だろうか。だが、この気楽さがなかなか手に入れにくいのである。
 女将さんは、部屋に籠もり作品を仕上げることを“勉強”と呼ぶ。いい言葉だな、と思った。仕事じゃ、堅苦しいし、創作活動というと、締め切りに追われるホン書きさんたちにとってはやや抵抗を感じる言葉だろう。たとえ今日一日原稿用紙が一マスも埋まらなくても、「勉強お疲れ様です」なのだから、居心地が悪いわけはない。
 もともと和可菜は、ホン書き旅館を目指していたわけではない。はじめは一般の泊り客もいたのだが、徐々にホン書きさんが泊まるようになり、口コミで業界に広がったのである。ホン書きさんは、完全な夜型人間ばかり、夜、唸りながら素晴らしい作品をつむぎ出す。だから、朝食もお昼に近い食事である。女将さんも、「旅館をはじめてから、私も完全な夜型人間になってしまいました。」とおっしゃる。
 ホン書きさんたちのエピソードも、まさに彼らが執筆を行った場所で伺うことができた。一年間も滞在し、表札を出した方が良いのではという脚本家、編集者を何人も待たせながらこっそり抜け出す売れっ子作家など、懐かしくって可笑しいたくさんのお話が今ここにある。和可菜の歴史は、日本映画、そしてテレビドラマの歴史でもある。旅館をはじめた当初は、映画の全盛期、千恵蔵、右太衛門なんて名前が女将さんの口からあがる。私にとっては歴史上の人物だ。さらに、映画の後はテレビの全盛期が続く。忙しくても、とても充実している日々……
「いい時代に旅館をやれました」と女将さんは感慨深げにおっしゃられた。

五〇年の仕事
 商売は全く未経験の和田さんが旅館をはじめられて約五十年が経過した。五十年と一口に言っても、大学を卒業したての若者であっても、既に退職して老後を楽しんでいるという長い時間である。
「商売の経験がなかったそうですが、最初はご苦労をされたのでは?」という質問に、女将さんは「若かったから、怖いもの知らずで何でもできちゃったんですよ。」と答えられた。そしてこんな話もされた。「はじめて来た時は、ある会社の若手社員だった方も、今では偉い人になっちゃった。」たぶん、和可菜の中に自分の人生の一場面を思い起こす常連さんも多いのだろう。
しかし……東京での旅館経営は難しい。
「引継ぎですって、考えません。だってホン書きさんがいなくなちゃったでしょ。子供もいないので、私が倒れたらそれでおしまいですよ」と寂しいことをおっしゃられた。
 たしかに昔とは違うし、経営となると大変だと思う……私は話題を変えて、ここに泊まられた脚本家の映画について質問した。
映画はよく観るそうだ。「映画をみると、なんとなくどなたの脚本かわかってしまう」と女将さんは語る。完成した映画を見るのは、仕事の合間にある小さな楽しみのひとつである。それを聴いて私は、このように映画を楽しめる人は日本中一人しかいないんじゃないかと思ってしまった。
ひとつの仕事を積み重ねたからこそ手に入る喜びである。
(聞き書き:梅崎 修)

和田 敏子さん
昭和29年から、当地で「和可菜」を経営。
お姉さんは戦前戦後に大活躍した日本映画史上では有名な女優木暮実千代さん。
旅館は、山田洋次さんをはじめ映画監督や脚本家、作家などが原稿執筆のため利用するホン書き旅館としてマスコミに取り上げられる。
和可菜の半世紀を記録した「神楽坂ホン書き旅館」(黒川鐘信著)は、第51回日本エッセイスト賞受賞。

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